世界の大富豪

フィル・ナイトの資産や経歴などwiki風プロフィール

フィル・ナイトは日本でもご存じのNIKEことナイキの創業者です。フォーブスの2019年の大富豪ランキングの26位にランクインしています。

 

フィル・ナイト Philip Knight

生年月日  1938年2月24日(2020年現在 82才)
出身    アメリカ ポートランド州 オレゴン
職業    ナイキの創業者
資産    334億ドル(約3兆6050億円)
妻     ペニー・ナイト
子供    3人

フィル・ナイトさんの資産は334億ドル(約3兆6050億円)!

 


(ウィキペディアより)

 

 

 

フィル・ナイトさんというとShoe Dog(シュードッグ)という本が有名ですね。洋書で読んでいるのでまだ全然読み終わっていませんが・・・

 

 

さぁ、いってみましょう!

フィル・ナイトと妻のペニー・ナイトの出会い

フィル・ナイトさんは奥さんのペニーさんと1968年に出会い結婚し、そのまま共に人生を歩んでいます。

 


https://www.shortform.com/blog/penny-knight-phil-knight-nike/

 

現在、ペニー・ナイトさんはにNIKEの名誉会長として活動しています。

2020年のコロナ感染拡大に伴い、大きな寄付をペニーさんもフィルさんと共にNIKEの本社のあるオレゴン州にしています。

 

1968年のことフィル・ナイトさんはポートランド州立大学に先生としてアルバイトに行っていました。そこで、ペニーさんに出合いました。

 

美しいブロンドで青い目をした女性が一番前の席に座っていて、それがペニーさんでした。

フィルさんにとってはクレオパトラかジュリー・クリスティンかという程まぶしい存在でした。

優秀な生徒だったペニーさんはフィルさんにアドバイザーになってくれと頼まれ、フィルさんはそのままブルーリボンの職員として雇いました。

 

ペニーさんは帳簿つけ、タイピング、スケジューリングなどすべてを小さなオフィスでこなしてくれました。その姿にフィルさんはうっとり・・・。

 

美人だわ、仕事は出来るわ・・最高やん!!(フィルさんの心のこえ)

 

フィルさんはペニーさんをデートに誘い、いろいろ話を聞きました。

するとペニーさんの両親はいつもお金のことで争いが耐えなかったのでペニーさんは手堅い会計の勉強をしようと思ったといいます。

 

フィルさんはペニーさんとの先生と生徒の恋愛という関係で居るのをやめ、さっさと婚約します。(一応大学側から生徒にてを出すなという話も合ったそうです。)

 

同年の9月にはフィルとペニーはポートランドで結婚しました。スピード婚ですね!それで今まで添い遂げているのは素晴らしい!!

 

ペニーさんはフィルさんの運命のひとと言っても過言ではないでしょう。多分、フィルさん一目惚れだな・・・これ。

フィル・ナイトの資産と経歴 実は凄い優秀!!

フィル・ナイトさんはナイキの創業者です。創立当時はブルーリボンという生でした。

 

今やナイキは世界中で愛されるスポーツブランドです。フィル・ナイトさんのあだ名は”Buck”と言います。

 

もちろんランニングシューズも有名ですがそれだけではなく、多くのスポーツ用品を展開しています。私自身もナイキのスッキリした都会的なデザインが好きで、ナイキのランニングシューズを持っています。



 

フィル・ナイトさんは長らくナイキ社のCEOを勤めていましたが、現在は会長職に就いています。フィル・ナイトさんはなんとナイキ社だけで無く、ストップモーションフィルムのオーナーでもあります。

 

このフィル・ナイトさんの会社、ストップモーションフィルムの作品ですと、”KUBO”が面白かったです。

 

フィル・ナイトさんはオレゴンはポートランドで生まれました。お父さんは弁護士だったのが後に新聞を出版を始めたという自営業の家庭でした。

 

フィル・ナイトさんはオレゴン大学を卒業して、スタンフォード大学の大学院を卒業しています。

 

スタンフォード!!!!!優秀ですね!

 

フィル・ナイトさんはオレゴン大学在学中にビル・ボーワーマンというコーチのもとでランニングをしていました。

 

このビル・ボーワーマンさんこそがフィル・ナイトさんと一緒にナイキを作った人物です。フィル・ナイトさんについて書かれた本のShoe Dogにも凄くよく登場してきます。

 

 

このオレゴン大学でフィル・ナイトさんは中距離ランナーとして1.6キロを4分10秒で走るという記録を打ち立てています。フィル・ナイトさん自信がランナーなので靴にこだわったのですね!

 

 

フィル・ナイトさんは靴を売り始める前までは、コーパース&リザーブ、そのあと、プライスウォーターハウスのCPA(公認会計士)として働きました。なんと!フィル・ナイトさんは会計士でもあったんですね。



フィル・ナイトさんのナイキ誕生

フィル・ナイトさんはスタンフォード大学在学中に書いた論文から後の靴を売ると言う構想に繋がりました。

“Can Japanese Sports Shoes Do to German Sports Shoes What Japanese Cameras Did to German Cameras?,”

「日本のスポーツシューズはドイツ製のカメラに勝った様に勝てるか?」

 

スタンフォード大学の大学院を卒業したのち、フィル・ナイトさんは世界一周の旅に出て神戸に立ちより、そこで出会ったオニヅカ社の高品質で安価なランニングシューズに出会いました。1962年のことです。

 

フィル・ナイトさんは早速オニヅカ氏と契約を結んでアメリカでの販売代理店となります。

 

このシューズと出会ったときに、フィル・ナイトさんは後にパートナーとなるボーワーマンにサンプルを送ります。するとなんと、ボーワーマンさんはフィル・ナイトさんと共同でブルーリボン社を設立します。

 

 

これが1964年1月25日のことです。フィル・ナイトさんとボーワーマンさんがこのときにつくったブルーリボン社が後にナイキになるのです。

 

 

ブルーリボン社がナイキ社に名前を変えたのは1971年のことです。

 


(NIKE ウェブサイトより)

 

この名前はフィル・ナイトさんが付けたのではなく、ブルー・リボン初の従業員のジェフ・ジョンソンさんがギリシャ神話の勝利の女神NIKE(ニケ)から付けました。

 

ちなみにこのナイキ社の特徴的なロゴはフィル・ナイトさんが駆け出しのデザイナーにたった35ドル(約3777円)で作ってもらいました。

 



フィル・ナイトさんのナイキ社は大きく成長し、マイケル・ジョーダンやタイガー・ウッズといったようなビッグネームのアスリートたちと個人的に交流を深めています。

 

ここまでがナイキ社の経歴ですが、この後フィル・ナイトさんはビジョンスタジを設立します。スポーツ用品店とアニメのスタジオってなにか全く共通項が感じられなくて不思議ですね。

 

 

 

ビジョンスタジオがライカに!
フィル・ナイトさんの息子さんの登場

1998年にフィル・ナイトさんはビジョンスタジオの株の15パーセントを所有します。

 

この際にフィル・ナイトさんの息子であるトラビス・ナイトさんを送り込みます。フィル・ナイトさんの息子のトラビス・ナイトさんは、ラップシンガーとして芽が出なかったのでアニメーターとなったのです。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/トラヴィス・ナイト

 

ラップシンガーからってスゴイ転身ですね。どっちかというとあまり上手くいかなかったぽい・・気がします。ショービジネスの世界は厳しいですから!

 

フィル・ナイトさんはライかというストップモーションアニメの会社をブランドし直して、180億ドル(約1兆9428億円)を投資しました。

 

後にライカとして初めてつくった映画Coralineが成功して、トラビス・ナイトさんはライカのCEO兼社長となりました。

 

 

なんだかこのトラビス・ナイトさんってパパであるフィル・ナイトさんがいなかったら・・・あらら?と思ってしまいました。つい。パパが優秀だとうらやましいですね。

 

フィル・ナイトさんは現在ナイキの会長をしていますが、2004年の段階でCEOを退任しています。現在はマーク・パーカーさんがCEOを勤めています。そりゃ80才超えてくるとなかなか体もしんどくなってくるでしょう。

 



 

フィル・ナイトさんの経歴やナイキの誕生、ライカとの関係などを簡単に見てきましたが、フィル・ナイトさんは安定した会計士という職、それも超優秀なコンサルで働いていたにもかかわらず自分の夢を追いかけた方なんですね。

 

 

走る事がライフワークだったフィル・ナイトさんだけに、靴への思い入れも大きかったと思います。

 

好きを仕事にしたい!という人は多いですが、現実なかなか難しいですよね。でもフィル・ナイトさんはそれをやってのけた人物だと思います。

 

まだまだお元気そうなフィル・ナイトさん。会長として息子とも言えるナイキ社を見守っていると思います。